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摂食障害・体験談と完治に向けて…頑張っている途中

摂食障害(拒食、過食、過食嘔吐、チューイング)になって11年目。夢遊病になったり…アルコール依存になったり…精神病に支配されて11年目に突入しました。最近は少しだけ摂食障害とうまく付き合っていく事を覚えました。まだ戦っている途中ですが、一緒に戦っている方達に出会えれば良いなあと思います★

過食期(非嘔吐過食・吐けない過食)に移行

体験談
 

過食症とは…

過食症には、過食嘔吐(食べたものを自分の意思で吐く)タイプと、非嘔吐過食(吐かずに食べ続けるタイプ)があります。
 
今回は非嘔吐過食について書きます。
 
拒食と同じで食べる量を自分でコントロールすることが出来ません。
家にあるものをすべて食べ尽くしてしまったり…短時間で大量の食べ物を無心で食べ続けます。
自律神経やホルモンのバランスが崩れてしまっているので、理性で衝動を抑えることが出来ず、本人も異常な食欲の衝動に悩んでいる事が多く自己嫌悪に陥ります。
うつ病を発症する可能性も高く、自殺に発展する可能性もあります。
 

 

 
 
今回は私が拒食から過食に移行してしまったときのお話をします。
 
 

★拒食症から過食症に移行★

 
私は半年間ほどの拒食期を経て非嘔吐過食に移行してしまいました。
 
過食への移行は本当に突然やってきました。
詳しくは↓こちらを読んでみてください。
 
本当に些細な事がきっかけになり、突然、拒食スイッチがパチッと過食スイッチに切り替わったような感じでした。

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高校も退学になり、バイトも辞めてしまった私は、毎日毎日食べてばかりいました。
 
新しいバイトも見つけて頑張ろうとも思って、またコンビニでバイトを始めましたが、バイト中にコンビニに売っているものを食べたりしてクビになりました。
バイト中でも食欲のコントロールが全く出来ませんでした。

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今は嘔吐することを覚えてしまったので、過食したら吐きますが、当時は非嘔吐です。
なぜ吐かずにそんなにも量を食べれていたのか、今となればとても不思議です。
 
家にある食料はすべて食べてしまい、なくなれば走ってコンビニに買いに行きました。
時間は関係なく、昼でも夜中でもです。
コンビニからの帰りは我慢できずに食べながら帰っていました。

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そして食べるものが何もなくなると、調味料を舐めたり、油をそのまま飲んだりしていました。
 
当時は菓子パンを過食するのが大好きで、中でもホットケーキが大好物でした。
ですが、ホットケーキは家で焼くと時間も手間もかかってしまいます。
始めの頃はきちんと焼いて食べていましたが、徐々に過食がひどくなると「早く食べたい」気持ちが勝ってしまい、生のままホットケーキの粉を食べるようになりました。
 
この時点でもう自分は異常だ。病気だ。と自覚しています。
ですが、自分でコントロールが出来ないのが過食症です。
 
そして意思と行動が別々に働くので、自己嫌悪にも陥りました。
 
食べてしまった後の罪悪感は本当につらいものでしたが、辞められず過食はすごいスピードで悪化していきました。

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昼夜、私にとって時間なんて関係ありませんでした。
食べて食べて食べ疲れたら寝る。そして起きたらまた食べる。の繰り返しで、日にちの感覚も時間の感覚もすべて失くしてしまいました。
 

★下剤の乱用★

 
拒食時35㎏だった体重は、1週間ほどで46㎏まで増えました。
見た目は拒食時に比べとても健康的でしたが、拒食脳は残ったまま過食に移行しているので、太ってしまった自分に価値はない。こんな体じゃ誰にも会えない。と自己否定が日に日に強くなっていきました。
 
このままじゃダメだ。痩せなきゃ痩せなきゃ、食べたい止まらない!!
 
頑張ってトイレで吐こうとしましたが、当時の私はどうしても嘔吐が出来ませんでした。
上から出せなきゃ下から出そう!!下剤を飲むことを覚えました。
 
はじめは規定量で飲んでいた下剤も、もっと出さなきゃ!!もっともっと!!という気持ちで、徐々に量が増えていきました。

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1日に30粒以上は飲んでいたと思います。
 
下剤を飲まないと出ない体になってしまいました。
下剤を飲まないと不安に押しつぶされそうになります。下剤依存ですね。
それは今でも変わらず、下剤は飲み続けています。(ですが今は30粒は飲まないです。)
 

★抜け出したい★

 
人それぞれだと思いますが、私は拒食時より、過食時の方が抜け出したい気持ちが強かったです。
もうこんな生活抜け出したいけど、自分の意思じゃ過食脳はコントロール出来ませんでした。
今だに私は過食脳は、無敵だと思っています。絶対に勝つ事は出来ないです。

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でもそのどうしても勝つ事が出来ない過食脳に打ち勝つために、私は母親に私の体をベッドに鎖で繋いでくれ。と頼み、絶対に動けないようにベッドに繋いでもらいました。
 
ですが過食スイッチがオンになると、私はその鎖をどうにかして外そうとし、手が血だらけになるまで、鎖を外すために頑張りました。
そして鎖が外れると、血がたれ落ちる手で過食を始めました。
 
それを見かねた母が、ベッドにはもう繋いでくれなくなったので、今度は家のドアに鎖を付けてもらい、外に出れなくして、冷蔵庫にも鎖をして、開かなくしてもらいました。
もちろん家の中の食料はすべて捨てました。

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これで起きても何も食べるものがない!!
 
ですが私の過食脳は収まるところを知らず、冷蔵庫は破壊して中のものを食べました。
家のドアも破壊しました。(修理費…今思えば高かったと思います。)
 
そして、ついに母親がキレました。
当時は摂食障害という言葉もあまり聞かず情報もなかったので、母からすると私の行動は理解不能だったと思います。
 
母に怒られた私は…
なんで分かってくれないの!!と怒りをぶつけ、家を飛び出しました。
 
家族が過食で苦しんでいても、きっと経験したことが無いと理解は出来ないと思います。
ですが、決して責めないであげてほしいです。
 
本人が1番苦しいです。
自分の体と意思が自分でコントロール出来ないなんてとっても辛いですよね。
 

★捜索願い★

 
家を飛び出した私がまず向かったのは、やっぱりコンビニです。
持っているだけのお金で食料を買い込み公園で食べ続けました。
 
そして親戚の家に行きました。
親戚の家は一軒家で広く、外からお庭に入れる家で、雑種を飼っていました。
なので、お庭に勝手に入り、雑種のドッグフードやジャーキーなどを勝手に食べていました。

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美味しい美味しくないなど味なんてどうでもいいのです。
ただただ口に物を入れて食べ続けたいだけでした。
 
家に帰らない私に捜索願も出され、すぐに見つかり家に連れ戻されました。
 

★自殺未遂★

 
抑えられない食欲と、太りたくないのに太っていく体毎日自己嫌悪に陥り、自分なんて生きていく価値がない。と思うようになっていました。
この時期、私は何度も自殺未遂を繰り返しました。
OD(オーバードース:過剰服薬)を繰り返したり、家のベランダ(一軒家の2階)から飛び降りたりしました。
2階くらいからでは死ねませんよね…

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何度も自殺未遂で救急車で運ばれ…そのたびにやっぱり死ねなかった…と当時の私は思っていました。
生きている!というよりも、生かされていると思っていました。
死ぬことよりも毎日を生き抜く事の方が当時の私にとってはとても過酷で辛い事でした。
 
 
 

★彼氏をとっかえひっかえ★

 
そんなメンタルも相当ヤバかった私ですが、彼氏だけは新しく出来ていました。
ですが、全く好きではない彼氏です。
なんとなく暇だから付き合って…そして別れて…そんな事を繰り返していました。
 
当時の私は大好きだった元カレ以上に好きになる人には出会えないと思っていたので、誰でも良かったのです。
 
自分が摂食障害だということはその頃の彼氏には1人にも伝えていませんでした。
ですが、なんとなく病んでいると勘づく彼氏は「俺にはお前を幸せに出来ない」と言って去っていく人もいましたが、全く何とも思わなかったです。

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このころから、人を信用することも、人に期待することも、辞めました。
 
 
そしてそのあと出会った彼氏は、私のポッカリ開いた心の穴を埋めてくれる存在にのちになっていきましたが、付き合いだした当時は二股をしていた私。
 
その彼氏K君のお陰で徐々にまっすぐな道を歩み出しました。
高校中退でも進学出来る通信制の専門学校を探してくれて、私は専門学校に進学する道を選びました。

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ですが過食症は収まらず…睡眠関連摂食障害に移行していきました。
 
睡眠関連摂食障害については次の記事で書きます。